1
むかしむかし、三条(さんじょう)の村はずれに、貧しいながらも仲のよい百姓一家が住んでいた。
息子(むすこ)は成人すると
「こんな貧しい暮らしはいやだ。いっぺい金を稼(かせ)ぐから江戸に行かせてくれ」
と父母にいった。
はじめは「長男は家のあとを継(つ)ぐもんだ」と反対していた父母も、いつしか(せがれの人生だ。夢をかなえてやるか)と五年の約束で江戸行きを許した。
「体に気をつけて働けよ」
と桜の季節に息子を送り出した。
2
時が過ぎ、五回目の桜の季節を迎えようとしていた。
「江戸に行った息子がもうすぐ帰ってくる」
父母はうれしさのあまり、隣近所(となりきんじよ)に知らせて歩いた。
桜が散り、あじさいの季節が過ぎ、浄宗寺(じょうそうじ)の境内に曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲く季節を迎えた。しかし息子は帰ってこなかった。
「正月には帰ってくるだろう」
と待ったが期待は裏切られた。また桜の季節を迎えたが、息子は帰らなかった。(どうしたんだろう。病気でも・・・)と不安になった。
そこで浄宗寺の和尚さんに相談した。和尚さんはしばらく考えておられたが、「もしもの一念という仏様の教えがある。信心するものが懸命になれば、願いがかなうという。息子の帰郷を願い、鐘をついてみてはどうだろう」
とおっしゃった。
3
年老いた父母は遠い江戸に届けとばかり、朝と夕に鐘をついた。
すると不思議なことに息子(むすこ)が帰って来た。
「ふるさとが恋しくなって、帰ってきました。朝夕に鐘の音が『帰ってこう、帰ってこう』と耳奥で聞こえるのです」
「そうか、そうか」
父母は顔を見合わせた。夜も遅かったが三人そろって浄宗寺の和尚さんにお礼に行った。わけを話すと
「よかった、よかった。仏様に願いが届いたか」
とともに喜んでくださった。
「ありがとうございました。ありがとうございました」
何度も何度も頭を下げ、礼を述べる三人でした。
その後、この浄宗寺の鐘は『呼びもどしの鐘』とよばれ、大勢の信者が訪れ
たという。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)