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九月二十八日は、「市の神様、商売の神様」を祭った青龍権現様のお祭りだ。
山車(だし)から笛や太鼓が威勢(いせい)良く鳴り響き、境内は大勢の参拝者でにぎわっている。手代を連れた大店の主人、肩をならべた若い男女、子どもに手を引かれた老人・・・次から次に鳥居をくぐり社殿(しゃでん)に進み、拍手(かしわで)を打ち頭を垂れる。 参拝者は、境内(けいだい)から夷隅川の方まで続いていた。
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そんな参拝客に混じって、赤いはんてんを着た三匹の猿が並んでいる。三匹の猿は、手に三本ずつ九本の稲穂を持っている。穂はこぼれ落ちそうにふくらんでいる。
社殿に進むと、拍手をし、頭を下げた。滑稽(こっけい)な動作に笑いが起こった。
三匹の猿がピョンピョン踊りはじめた。
「猿が舞をまっている」
「猿が」
「そうだ。猿だ、猿だ」
たちまち社殿の前は人だかりとなった。
舞が終わると、拍手と歓声が起こった。三匹の猿は観衆に何度も頭を下げた。そのしぐさがまたかわいらしく滑稽なので、また笑いと拍手(はくしゅ)が起こった。 三匹の猿はごった返している境内(けいだい)をぬけ、城下の通りを上の方に歩いて行った。
猿からの献上物(けんじょうぶつ)を、神主はどう記帳するか迷った。そこで「献上品、九本の稲穂」「献上者、猿」。「住所は?」・・・猿と稲・・・迷いながら奉納帳に書いた。
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祭りは無事終わった。神主や巫女たちは
「ひょっとして、あの猿は神様の使いだろうか・・・」
と猿の稲穂献上が話題になった。九本の稲穂は
「これは縁起が良いにちがいない」
とこのあたりの有力者、外記(げき)兄弟がもらって帰った。
以来、青龍神社のあたりを『九穂(くほ/久保・くぼ)』と呼ぶようになり、外記兄弟の住まいのあった地を「猿稲(さるいね)」と呼ぶようになった。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)