1
総元(ふさもと)の石神(いしがみ)地区に小さな八幡神社がある。むかし、この境内にモチノキがあった。大きく枝を広げ、春になると鳥や虫がたくさん集まってくる、大きな大きなモチノキだった。このモチノキにこんな話が伝わっている。
2
むかし、むかし、モチノキの下での百姓たちが昼食をとっていた。
「冷てえー」
若者が額をおさえた。
「あれー、糞(くそ)だ。鳥の糞だ」
若い農夫は立ち上がって木を見上げた。鳥が尾をふりながらピーピー鳴いている。
「このやろう。よくもやったな」
若者が怒鳴ると、鳥は首をふってピーピー鳴いた。
「鳥にバカにされた。ハハハ・・・」
笑いが起きた。若者は怒って石を投げつけた。鳥に当たらず、枝に当たって落ちた。鳥はまたピーピーと首をふって鳴いた。
怒った若者は木に登りはじめた。
「やめろ。この木は神様のいる木だぞ。やめろ、やめろ」
「罰があたるぞ、降りろ降りろ」
古老が止めた。
「罰なんか当たるもんか。迷信(めいしん)に決まっている」
若者は叫んだ。もう少しで鳥に手が届く、その時だ。
「助けてくれー、しびれる」
若者が絶叫した。
「すぐに降りろ、降りろ」
下でみんなが叫ぶ。しかし、若者はワナワナふるえながら泣いているだけだ。そこで一人の男が助けようと登った。 途中まで登ると、突然はじき飛ばされ地面にたたきつけられた。次に別の男が登ったが、また飛ばされて落ちた。
「お助けください。お助けください。もう、登りません」
木の下で見守る農夫達も、木の上の若者も哀願(あいがん)した。
しばらくすると、若者は泣きじゃくりながら降りてきた。
3
この事件の後、石神の人たちはこのモチノキを以前にまして大事にした。しめ縄を張り御神酒(おみき)を供え、崇(あが)めた。 そばを通るときには深々と頭を下げ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)や家内安全を祈った。
しかし、木は老朽化と道路拡張のため平成三年八月一日に切り倒された。今は切り株だけが、昔この地にモチノキの大木があったことを伝えている。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)