1
むかしむかしのことだ。西畑(にしはた)の田代(たしろ)に、与作(よさく)といううでのいい木こりが住んでいた。
ある日、田代滝(たしろたき)で木を伐っていると、手をすべらせて斧(おの)を滝壷(たきつぼ)に落としてしまった。与作は裸(はだか)になると滝壷に飛び込んだ。 水の中をさがしていると、機織りをしている娘がいるのではないか。斧は機織(はたお)り機(き)のそばに落ちていた。娘に返してくれというと
「わたしのことをだれにも話さないと約束してくださるなら、返しましょう」
「わかった。だれにも話さない」
というと斧と一緒に錦(にしき)の反物(たんもの)や竹串に刺した魚をたくさんくれた。 娘はこの世の者とは思えぬほど美しかった。家に帰ってみると、反物は川藻(かわも)で、魚は笹の葉であった。
翌日、与作はまた田代滝に行った。そして、わざと斧を滝壷に落とすと、同じように滝壷にもぐった。娘は
「また、おいでくださると思っていました」
とほほ笑みながらいった。与作は天にも昇る思いであった。
2
それからというもの与作は毎日、毎日、田代滝に行って娘と逢った。
やがて与作はげっそりやせてきた。光明寺の和尚が与作の人相を見ると、死相があらわれている。話を聞くと、与作は田代滝での不思議な話を語った。
「あの滝壷の主は白い大蛇だ。おまえさんは白い大蛇に精気(せいき)をすいとられている。このままだと死んでしまう」
与作はびっくりした。
「し、し、死ぬ。どうしたらいいのでしょうか」
「お経(きょう)を唱(とな)えるしかあるまい」
翌日、与作と和尚は滝壷に行った。与作を滝壷のそばに座らせお経を唱えた。すると与作は何者かにあやつられるように滝壷に入り始めた。水の中から美しい娘があらわれ手招きした。その瞬間、和尚は
「喝(かつ)」
と叫んだ。すると、娘は白い大蛇に変わって滝壷を泳ぎまわりはじめた。
「見たか。あれが娘の正体だ」
(うそだ。あの娘が大蛇なんてうそだ)
与作は心の中で叫んだ。
3
与作は翌日一人で滝壷に行った。
すると滝壷の水面が波立ち白い大蛇があらわれた。大蛇は与作に巻きつくと滝壷深く沈んだ。与作を追いかけて来た和尚が必死に祈り続けると、与作は半死状態で浮き上がってきた。滝壷には蛇の鱗(うろこ)がたくさん浮かび、キラキラ輝いていたとさ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)