1
むかし、むかしのことだ。新しく代わった大多喜の殿様が、上瀑村(かみたきむら)に視察に来ることになった。村の人たちは
「こんどの殿様はどんな人だろうか。情け深い人だろうか。おっかねえ人だろうか・・・」
と、寄るとさわると殿様の話でもちきりであった。もし意地悪な殿様なら、それこそ、村の衆は重い年貢(ねんぐ)と苛酷(かこく)な労働で泣いて暮らさなければならない。
2
明日殿様が上瀑に来るという知らせがあった日、村一番のトンチ者、藤吉(とうきち)のところに庄屋(しょうや)がやってきた。
「なあ、藤吉。新しい殿様が来るというが、どんな殿様かおまえのトンチで確かめてくんねえか」
殿様の人柄(ひとがら)を確かめるなどたやすいことではない。しかし、藤吉は
「よし、おれにまかせろ」と、胸をたたいた。
3
いよいよ、殿様の視察の日だ。
殿様がカゴに乗ってやってきた。村の衆は道の両脇に正座し、地面にひれ伏して殿様を迎えた。殿様は、たわわに実った稲を見て満足げであった。すると、むこうから
カラン、ペタリ
カラン、ペタリ・・・
と音をたてて藤吉がやってきた。
藤吉は殿様のカゴの前にくると、ペタリとひれ伏し、大声でいった。
「これは、これはお殿様。上瀑村においでくださりありがとうございます」
藤吉の格好に殿様は
「おもしろい格好をしているが、どうしてゲタとゾウリをはいているのじゃ」
「殿様、よく聞いてくださいました。実は、俺の家には年取った両親がおりまする。出かけに母がいいますには、きょうは雨になりそうだからゲタをはいて行け・・・」
「すると父がきょうは雨にならないから、ゾウリでよい。するとまた母が雨だからゲタだ。・・・雨だ晴れだ、ゲタだゾウリだと二人で口げんか・・・」
「そこで、ふた親の気持ちをたてて、ゲタとゾウリをはいて来たのでございます」
「なんと親孝行者じゃ。ほうびをつかわす」
これを見た村の衆は新しい殿様のやさしさに胸をなでおろしたとさ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)