1
むかし、むかしのことだ。時々生(なま)あたたかい風がふく、丑(うし)三つ時だった。寺の境内(けいだい)に人影(ひとかげ)があらわれた。頬被(ほおかぶ)りした怪(あや)しい影だ。どうも盗人のようだ。
盗人は辺りを見回すと、本堂の入口の戸をそっと開けると草履(ぞうり)をぬいで入っていった。人影は本堂の正面に鎮座(ちんざ)している金の仏像に近づいた。
「仏様すみません。いただいていきます」
手を合わせて頭を下げると、懐(ふところ)から風呂敷(ふろしき)を取り出して仏像をていねいに包んだ。
2
ふところに入れると、忍び足で本堂を出た。その時だ、気がゆるんだせいか屁(へ)をしたくなった。
「俺の屁は大きな音がする。がまん、がまん」
そういい聞かせて、長い石の階段を降りようとした。しかし、慌てていたので一歩踏みはずして
ドドドードデーン
階段下まで転げ落ちた。その時だ、大きな足が盗人の頭を踏みつけた。
「痛い、だれだ。足をどかせろ」
盗人は叫んだ。
「わしじゃ。寺の山門にいる仁王じゃ」
と太い声が返ってきた。さらに今度は、別の大きな足が盗人の腹にのった。その時だ
ブッ ブー
大きな音が暗闇(くらやみ)に響いた。音も大きいが、臭いといったらありゃしない。二体の仁王様は
「くせー。こりゃ、たまらねえー」
「くせー、くせー」
盗人を捕らえることを忘れ、逃げ出した。
3
盗人はこの時だとばかり走り出した。二体の仁王様は
「待てー、待てー」
と追いかけた。盗人があんまり急いだので、ふところから仏像がコロコロ転げ落ちた。仁王様は仏像を拾うと本堂にもどした。
この後も、お寺に盗人が入ると二体の仁王様が寺の宝物を守ってくれたんだと。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)