1
「梅の木のある家が庄屋の太郎兵衛(たろうべえ)どんの家。あのおしめのほしてある家が新婚の太助(たすけ)の家。竹薮(たけやぶ)の隣が三郎(さぶろう)の家だ」
山頂からは川畑(かわはた)・三又(みまた)・黒原(くろはら)地区全体が見わたせた。木の葉が散った冬は、ことのほかよく見えた。
2
二月のある日のことだった。
山から吹き下ろす風が、竹薮(たけやぶ)をザワザワならしていたが、夜中になると止んだ。空をおおっていた厚い雲が切れ、月が村を照らしていた。静まりかえった村の中を、頬被りしカゴを背負った人影が動いている。 やがて、人影は大きな屋敷に入っていった。中庭をはさんで母屋に面する納屋(なや)の戸をゆっくり開けた。泥棒だ。
しばらくすると、泥棒は納屋(なや)から出てきた。タケノコがかごからあふれんばかりにつまっている。タケノコは貴重品だ。まして、この時季のタケノコは大多喜城下の旅籠(はたご)や料亭(りょうてい)で高く売れる。
やがて、泥棒が丸木の一本橋にさしかかった時だ。
ウオー ウオー
ウオー ウオー
・・・・・
腹からしぼり出すような犬の声が山の頂から響いてきた。
「何だ。何だ・・・あの、声は」
村中が目を覚まし、外に出た。
泥棒はあわてた。山の頂(いただき)から響く声は、地獄の使者かと思われるほど不気味に響(ひび)いた。
「ワー、化け者。化け者だ・・」
泥棒は背中のカゴを放りだすと、一目散に逃げだした。あたりには、たくさんのタケノコが散らばっていた。
3
川畑(かわはた)・三又(みまた)・黒原(くろはら)地区を見下ろす山の頂に犬の形をした大きな石がある。泥棒の侵入を教えてくれたのはこの石だった。
その後も、川畑、三又・黒原地区に泥棒が入ると、犬のような鳴き声をして知らせたという。
やがてこの石は「夜泣(よな)き石(いし)」とか「犬石(いぬいし)」と呼ばれ、崇(あが)められた。また、この石のある山を「犬石山(いぬいしやま)」と今も呼んでいる。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)