1
春の陽が西にかたむきはじめていた。蘇我(そが)ドンは使用人達にいった。
「急いで田植えを終わらせろ」
使用人は、黙々(もくもく)と苗を植えた。田植えは腰をかがめたままの作業だ。時々、腰を伸ばさなければ痛くなる。しかし、蘇我ドンは腰を伸ばし手を休めている使用人を見つけると
「働け働け。働かぬ者には手間賃(てまちん)をやらぬぞ」
と、どなった。
使用人だけではない、牛もすっかり疲れ、時々歩みを止めた。そんな牛を見ると、
「それ働け、やれ働け」
とむち打った。
お天とう様は西の山に沈み、真っ赤な空に変わった。真っ赤な空は、紫色に変わり、やがて日がとっぷりと暮れ、その日の田植えは終わった。
その夜、蘇我ドンは考えた。
(手間賃を減らすには、お天とう様の入りをおくらせればいい)。
そこで、大きな大きな扇でお天とう様を沈まぬようにあおいだ。
2
翌日も、日の出とともに田植えが始まった。皆、一生懸命働いた。昼食もそこそこに働いた。
お天とう様が沈もうとしていた。
蘇我ドンは使用人にいった。
「お天道様をあおげ。沈ませるな」
使用人達が大きな扇であおぐと、お天とう様は西の山の端にとどまった。しかし、使用人が気をぬくとお天とう様は山の端に近づいて沈もうとする。蘇我ドンは
「あおげ、あおげ、もっと強くあおげ」
と叫んだ。
いつもなら、お天てん様は沈み暗くなる時刻だが、夕日がまだ輝いていた。仕事を続けた使用人達も牛も疲れきってしまった。
牛は最後の苗を降ろすと、田んぼにドッと倒れた。その時だ、牛の体から一羽の小鳥が飛び出し、ホーホーと鳴きながら西の山に向かって飛んで行った。
3
不思議なことはその後だ。その年の蘇我ドンの田んぼでは一粒の米も実らなかった。大地主の蘇我ドンの家はそれがもとで家が傾き絶えてしまった。
それから後、牛を働かせるときには、ホーホーと労りのことばをかけながら働かせたという。
農家の人たちは、白く清らかな卯の花の咲く季節になると、この蘇我ドンの話を思い出した。しかし、今はもうこの話を知っている人は少ない。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)