1
むかしむかし、おみねというむすめがすんでいた。きりょうがよく心やさしかったので、若者たちはだれもがおみねを嫁にしたいと願っていた。
となりの仁助(じんすけ)と婚約がきまると若者達はがっかりした。でも、
「仁助、おみねを幸せにしろよ。不幸(ふしあわ)せにしたら、しょうちしねえぞ」
と、おみねと仁助の婚約をみんなで祝った。
2
ある夜のことだった。
「おみねちゃん、おみねちゃん」
と、仁助の声がする。
おみねは外に出ると寝間着のまま手をひかれ、川へと歩いて行った。そうして川に入った。
「おや、足がとてもつめたい」
おみねは、手をふりほどくと、むちゅうになって家にかけもどった。
次の日の朝、いつになってもおみねは起きてこなかった。おっかさんが起こしに行くと寝間着のすそがぬれていた。
「おみね、これはどうしたことだい」
おっかさんがたずねても、だまったままだった。それからは、おみねは人がかわったようになり、わらい顔も見せなければ、食事もろくにとらなくなってしまった。家の者は、えらく心配した。
ある夜のことだ。おみねは、玄関の戸をあけると外へ出て行った。おっかさんは、(こんなじぶん、どこへ行くのだろう)と、あとを追いかけた。
するとおみねは、背のひくい男に手をひかれて、川のほうへスタスタスタスタ歩いて行くではないか。そうして、川へ入って行こうとした。それを見て
「おみねー、おみねー。おみね、どこへ行く」
おっかさんがさけんだ。でもおみねには聞こえなかった。おみねは男と手をとりあって、暗い川の中に入って行った。
3
すぐに村じゅうの人たちが川をさがしたが、とうとう見つからなかった。
「きっと、いつも川淵(かわぶち)にあらいものに来るおみねにかっぱがひとめぼれし、自分の女房(にょうぼう)にしてしまったのだろうよ」
と、村じゅうがうわさした。
それからのち、この川淵をだれいうともなく「かっぱ淵」とよぶようになったと。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)