むかしむかしのことだ。
岩和田(いわわだ)の子どもたちが、おおぜいで轟山(とどろきやま)に栗拾いに行った。腰には、にぎりめしをつつんだふくろをぶらさげ、肩(かた)にはかごをかついで、わいわいがやがや、話しながら山を登っていった。
天気はいい。山を登るにつれてながめはひらけ、太平洋がどんどん大きく見えてくる。なんとも言えない、いい気分だ。
「わあー、舟が見える」
「あん舟は、おら家(が)の舟かも」
「海がキラキラ、光ってる」
「気持ちいいなあー」
みんな、あまりの美しさに、感嘆(かんたん)の声をあげた。
登れば、登るほど視界(しかい)がよくなってきて、やがて舟がいっぱい停泊した岩和田(いわわだ)の漁港も見えてきた。ほした網(あみ)も、網(あみ)を繕(つくろ)う人のすがたも小さく見えてきた。
「わあーあれはおら家の舟だ」
「見える、見える」
と、いっそう大きな声をはりあげた。左を見ると大波月(おおはづき)、小波月(こはづき)の入りこんだせまいせまい入り江が見える。紺碧(こんぺき)の海には、岸に寄せる白い浪(なみ)がキラキラ輝(かがや)く。そして、時々、紺碧(こんぺき)の海に白い浪(なみ)がたつ。海女(あま)たちが作業をしているのだ。
どんどん登って行った。やがて、林に入り、大木に視界(しかい)をさえぎられ海が見えなくなった。上を見ると空の青さだけが木々のすきまから見えた。
どんどん登って行った。やがて、平らな草原(くさはら)に出た。そばには大きな大きな松の木がしげっていた。一人が
「ああ、腹へった」
と言うと、ほかの者も
「ずっと歩きっぱなしで、腹へったなあ」
という。
「こーらたへんで、にぎりめしでも食べっぺよ」
と言うと
「そうしべー」
「そうしべー」
「にぎりめしにしべー」
と言って、松の根本に腰をおろした。腰のにぎりめしの入ったふくろに手をかけようとした時だ。
「ありゃー」
すっとんきょな声が上がった。それを合図(あいず)にしたかのように
「ねー」
「おにぎりがねー」
「おめえもか」
「ありゃー、いったいどで、落としたんだっぺ」
「おれのおにぎりもねー」
ぺしゃんこになったふくろを、さかさにしてふってみた。
「たしかに入れてきたど」
「ふくろん口も、しばってあったさ」
「どに落としたんだっぺ」
おおさわぎとなった。不思議なもので、おにぎりがないとなるとますます、お腹のほうもよけいにすいてきた。
と、その時
「やいやい。そこのガキども・・・」
かみなりのような大声が落ちてきた。
「だれの許しをもらって、この山に入った。ここはガキの来る所じゃねえぞ」
松の上から大きな天狗(てんぐ)が下を見下ろしているではないか。
「ここの山は俺(おれ)たちの山だ。さっさとおりろ」
という。びっくりしたと言ったらありゃしない。子どもたちは泣きそうになりながら走った。しかし、まもなく疲れてしまった。それでも天狗(てんぐ)は
「ここは俺(おれ)たち天狗(てんぐ)の山だ。さっさと、おりろ。おりろ」
と叫びながら追いかけてくる。
「おりろ、おりろと言ったって、腹がへって、もう歩けね」
「なにっ、腹がへったって。それなら、これでも食え」
と、両手をさしだした。その手には、いっぱいにぎりめしがのっている。
「・・・・・・」
「わあーにぎりめしだ」
「おれのにぎりめしだ」
みんなびっくりした。なぜ、おれのにぎりめしが?と思うとまた、うすきみ悪くなって、またかけだした。すると天狗(てんぐ)は
「まて、まて、これを持っていけ」
と、にぎりめしをこどもたちに投げつけた。
「わあー」
「にげろ、にげろ」
と、山道をかけだした。
ふもとまで、おりると
「わあー、おっかねえー」
「こえった」
・・・・・・
と、言いあった。
「あれ」
「あれ、あれ、むすびがあっぞ」
と、腰に手をやった。すると腰のふくろにおむすびが入っていた。
こんな不思議(ふしぎ)なことが、むかしはよくあったそうだ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)