1
御宿の海に流れこむ川は、「清水川」「そでなし川」「きゅうべえ川」「さかい川」の四つがあります。
むかしはもう一つ、「ダイコン川」という川がありました。
しかし、いつのころか、「ダイコン川」はなくなってしまいました。
ダイコン川がなくなったのには、こんなお話がのこっています。
2
むかしむかし、おしょうさんが、旅のとちゅう、御宿にたちよりました。おしょうさんは昨日から、なにも食べていませんので、おなかがグーグーなっていました。
しばらく歩いていると、川で女の人がダイコンを洗っていました。とてもみずみずしく、おいしそうな大根です。おしょうさんは、ていねいに頭をさげると、女の人におねがいしました。
「長旅で、はらをすかせております。どうかそのダイコンを、一本めぐんでくださいませんか」
3
すると女は、みすぼらしいおしょうを見て、
「なんだ、こじき坊主(ぼうず)か。ほら、持っていきな」
と、わざとあらっていない、土のついたダイコンをおしょうさんにわたしました。
「このダイコンには・・・土が・・・」
おしょうさんがこまっていると、女の人はいいました。
「そのダイコンは、土がついたまま食べるんだよ。食べたくないなら、おいて行きな・・・」
おしょうさんはだまって、頭を下げると、そのダイコンを、そこにおきました。
そうして、その場をさびしそうに、立ちさりました。
「こじき坊主(ぼうず)にも、少しは意地があるんだな・・・。くそ坊主(ぼうず)が、野たれ死でもしてしまえ。・・・」
と、おしょうさんの後ろ姿を、みおくりながらペッと、つばをはきました。
女はまた、土のついたダイコンをあらおうと、川を見ました。すると、ふしぎなことに、さっきまで、いきおいよく流れていた川の水が、なくなっているのです。
「あれれ・・、どうしたことだ・・・」
あらいがけのダイコンを見ると、「土のついたダイコンを食べるのなら、川の水はいらぬだろう。 旅の僧より」
と書いてあったそうです。
このことがあってから、この川の水はダイコンのとれる季節になると、水がなくなってしまうのでした。
そこで人々は、この川を『ダイコン川』と、よぶようになりました。やがて、年月とともに、ダイコン川はひあがってしまい、今は、ダイコン川がどこにあったか知る人もいません。ただ、遠いむかしに、ダイコン川とよぶ川があったことだけが、伝えられています。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)