むかし、むかしのことだ。布施にお城をかまえていたお殿様が御宿の浜に見廻りにくることになった。
昼には食事を出すことになった。浜の役人たちは殿様に失礼にならないように、気をつかい、御宿の浜で捕れた鯛を焼いて、出した。
殿様は、
「おいしい、おいしい。これはなんという魚じゃ」
と言いながら食べ始めた。
「はい、これは鯛と申しまして、御宿の海で捕れる魚です。太平洋の荒波にもまれた鯛で身がひきしまっています」
「そうか、そうか。うまい、うまい」
と言いながら、鯛の片身をきれいに食べられた。食べ終わっても
「美味じゃ、ほんとうに美味じゃのう」
と、何度もおっしゃる。
あまり、おいしかったと繰り返したので、これはもう一匹食べたいのだとすぐにわかった。家来は調理場に行って
「これこれ、鯛のおかわりはないか」
とたずねるとあいにくないという。こまった。
殿様が立ち上がった。(しめた。お帰りになる)と思いお付きの役人達も立った。
すると殿様は庭をごらんになり
「枝ぶりのいい梅だこと」
とつぶやきながら縁側に向かった。お供の人も
「そうですね。立派だこと」
と言いながら殿様のあとについて行った。
その間に料理人が
「あの鯛を裏がえしにしよう。あの殿様は気がつかないだろう」
と、素手でもって鯛を裏返した。
そうして、何もなかったようにすましていた。(どうか、気づかれませんように)、みな冷や冷やして殿様のようすをみていた。
「私があんまり長居してるので、鯛も退屈したのか寝返ったみたいだ。鯛というのはきような魚よなあー」
と言ったそうだ。みんなも
「鯛はきような魚だこと」
と言ったそうだ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)