御宿町の網代湾は、西方から来襲したとみられる元禄津波を遮るべき岬もなく、また海に沿った砂丘も低く広いので、その被害はかなり大きかったものと推測される。御宿の浜では溺死・漂着した人々を袴山(せんげん山)に合葬し、後に石塔を建てて「千人塚」とよばれた。
妙音寺過去帳には「津波が夜明けまでに三度来襲し、地縁の人十五名以上が溺死した」とある。
また、『上総国誌稿』によると「御宿西明寺、元禄中、海嘯のため諸堂大破す」とある。御宿町での津波の規模は、波高八メートルと推定され、陸上への遡上高は千葉県で最高であったといわれている。
『房総沖巨大地震~元禄地震と大津波~』伊藤一男著
(齊藤 弥四郎 編纂)
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