昔、あるところに「きく」という、娘さんがおったと。
きくさんはなあ、とても欲ばりで村一番の欲深(よくふか)だったせいか、『欲深(よくふか)きく』と、呼ばれておったんだと。
ある日のことだった。きくさんのお父とお母は、きくさんに、留守番をさせて畑仕事に行ったんだと。きくさんは、一人機織りを始めたんだと。
♪キーキー パッタン キー パッタン
私しゃ、村で一番欲深い
何でもかんでも欲しがって
多くもらわにゃ気が済まない
キーキー パッタン キー パッタン
お父(とう)とお母(かあ)は、
「午後までには帰ってくる。」
と、言っておった。もうすぐで午後になるところだ。きくさんは、機織りを午後までに終わらせようとしたが、なかなか終わらない。
♪キーキー パッタン キー パッタン
私しゃ、村で一番欲深い
何でもかんでも欲しがって
多くもらわにゃ気が済まない
キーキー パッタン キー パッタン
きくさんは、少しイライラしてきた。
「まったくなんだい。このボロボロな機織り機は、もっとはやくできないのかね。」
と、つぶやいた。
その時きくさんの家の前に、だれかいるみたいなんだ。きくさんのことを、窓からちらちらと見ていたんだと。でも、きくさんは、見られていることを気にせず、機織りを続けたんだと。
♪キーキー パッタン キー パッタン
私しゃ、村で一番欲深い
何でもかんでも欲しがって
多くもらわにゃ気が済まない
キーキー パッタン キー パッタン
でも、そのうち見られているのが気になって、そっと窓の外を見た。なんと、外にいるのは物もらいだったんだと。物もらいは、何か欲しそうな顔をして、きくさんをじーっと見ていた。きくさんが、
「私の家には、ひとに物をやる余裕なんかないよ。とっととかえっておくれ。」
と、追いはらったが、物もらいは、
「そんなこと言わずに、何かくだせいよ。」
と言った。きくさんが、
「いやなこった。私が反対にもらいたいくらいだね。」
と、言ったんだが、物もらいはあきらめずに、ずっときくさんの家の前で立っていたんだと。
だが、ずっと待っていても何ももらえないので、物もらいは、ついにあきらめて、きくさんの家を離れたんだと。
「あーあ、またもらえなかった。仕方ない、橋の向こうの家へ行こう。」
と言いながら、物もらいが、近くの橋まで来ると、なんと美しいちりめんのさんじゃくが落ちていたんだと。物もらいはうれしくなってしまってな、ついつい、
「おお、あんな所に美しいちりめんのさんじゃくが落ちている。これは高く売れそうだ。」
と、大声でさけんでしまったんだ。それを聞いたきくさんはな、
「何だって。」
とさけび、はだしで家を飛び出していったんだと。きくさんは、急いで行くと、物もらいをおしのけてちりめんのさんじゃくを、ひろいあげた。そのとたん、美しいちりめんのさんじゃくが、大きな大きなへびになって、きくさんのうでにからみついてきたんだと。きくさんは、びっくりしたのなんのって…。
大蛇は、舌をチロチロさせて大きな口を開いたんだと。それは、きくさんを一口で丸飲みできるくらいに大きな口だった。大蛇が、
「お前のような欲深な人間は、このわしが飲み込んでやる。」
と言うと、きくさんはびっくりして、
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう、欲深なことはしません。助けてください。」
と言い、こしをぬかしてしまったんだと。
「約束するなら許そう。」
大蛇は、そう言うと、きくさんの手をはなれるとな、橋を渡り始めたんだと。きくさんは、
「お許しください。お許しください。もう、二度と欲深なことはしませんから、どうかお助けを。」
と、大蛇が見えなくなるまで、ガタガタふるえていたそうな。
大蛇が見えなくなり、物もらいに、
「だいじょうぶかい、きくさん。」
と言われて、きくさんは、ようやくわれにかえったんだと。きくさんは、もうこりごりして、欲深をやめたんだと。それからは、困っている人を助けるようになったんだと。
これには、村の人たちも家族もおどろいていたが、日がたつにつれ、きくさんのことを、『欲深きく』と呼ぶ人はいなくなったとさ。
♪キーキー パッタン キー パッタン
きくさんは、村で一番の
やさしい人になったとさ
キーキー パッタン キー パッタン
おしまい
(齊藤 弥四郎 編纂)