曲がりくねった 夷隅川
なんで こんなに曲がったか。
むかしむかしに 清澄の
山から チョロチョロ流れだし
野をこえ 里こえ ゆったりと
大きな海へと流れてた。
ところが わがまま大ナマズ
きげんが悪けりゃ 大あばれ
めちゃくちゃ はちゃめちゃ
大あばれ
おかげで 川岸けずられて
川は いつしか大曲がり。
夷隅の川の大主(おおぬし)は
みんな知ってる 大ナマズ。
大きな声ではいえないが
おお飯ぐらいに おお酒のみで
おまけに 大のむすめ好き。
ザバザバ ざばざば
白波たてて わがもの顔に 泳ぎくる。
おかげで みんな おお弱り。
ナマズの通った 村むらは
大雨 大風 大地しん
1
むかし、むかし。
いすみ川に、体中にびっしりと水草がはえた、大きな、大きなナマズがおった。その水草には、川えびやどじょうが、すをつくってすんでいるほどだった。
大ナマズは、きげんのよいときには、日のあたる浅せや、流れのゆるやかな川ぶちで、おとなしくくらしておった。だが、わがままで、自分の思いどおりにいかないと大あばれして、村人をこまらせた。
川岸に体あたりをしたり、大きな体をめちゃくちゃにくねらせて大あばれ
したから、夷隅川は、深いふちをつくったり、くねくねに曲がって流れるようになった。
2
ある日のことだ。
大なナマズは、榎沢(えのきさわ)村に「しずか」という美しいむすめのいることを聞きつけた。
「そんな美しいむすめなら、ぜひ、わしのよめさんにほしいものだ」
そう思うと、いてもたってもいられない。川上から榎沢村をめがけて泳いでいった。
ザバザバ ザバザバ ザーッ
ザバザバ ザバザバ ザ-ッ
・・・・・
川もに白波がたつ。波しぶきは川岸の村むらにふりかかり大雨となった。
ゴオー ゴオー ゴオー ゴオオー
ゴオー ゴオー ゴオー ゴオオー
・・・・・
風がふく。
ヅヅーン ヅヅーン ヅヅーン ヅヅーン
ヅヅーン ヅヅーン ヅヅーン ヅヅーン
・・・・・・
地がふるえる。
稲はたおれ、畑は水びたしになった。
「大ナマズがあばれだした。こまったもんだ」
「わがままな大ナマズ、今度は、どんなむずかしいもんだいをもちだしてくることやら」
村人は、不安げにいいあった。
3
大ナマズは、榎沢(えのきさわ)村に着いた。
あんまり勢いよく泳いだので、はらがへってしまった。
「村のしゅう、よく聞け。この村にしずかというむすめがいるはずだ。そのむすめをもらいにきた。花よめしたくをさせて、すぐにつれてこい・・・おっとっと。その前にはらがへった。すぐに、うめえもん持ってこい」
大声でどなって、あばれた。あばれるたびに水しぶきがたって、村じゅう雨となった。村人たちは、あわててごちそうを用意した。ナマズの大すきなイモのにころがし、タイの塩焼き、キンピラゴボウ・・・などを用意した。
「うまい、うまい。こりゃうまい」
むしゃむしゃ食べた。そして、また大声でどなった。
「なんだかもの足りないと思ったら、そうだ、酒がない。すぐに酒をもってこい・・・さあさあ、いそいで、いそいで」
村のしゅうは、いそいで酒をもってきた。大ナマズは、ゴクゴク、ゴクゴク酒飲んで、とうとう、大だる三斗(さんと)を飲みほした。
ごちそうを、たらふく食べて、よっぱらった大ナマズ。すっかり気分がよくなった。そこで、キラキラ、キラキラ、日の光がかがやく浅せに、ながながと寝そべった。
グウー グウー グウー
グウー グウー グウー
・・・・
いびきをかきながら、やがて寝いってしまった。
いびきの大きいことといったら、ありゃしない。かみなりさまがなってるようで、みんな家に入ってしまった。おさない子どもは、おそろしさのあまり、なきだしてしまう。
4
大ナマズは、
グウー グウー
ガー ガー
いびきをかきながら、三日三晩、寝いってしまった。そうして、四日目も朝だった。
ガバガバー・・・
ガバガバー・・・
あくびとともに目がさめた。目ざめると、また、大声で村のしゅうをおどした。
「しずかは、まだか。おれのよめさん、しずかは、どうした・・・。連れてこなけりゃ、ただじゃおかねえぞ・・・」
村のしゅうは、こまった。とくに、しずかのお父さんとお母さんは、こまってしまった。
「きょうまで大事に育ててきた、かわいいむすめだ。あばれもんのナマズなんかにゃ、やれねえ・・・」
「だれが、なんてったて、ナマズなんかにゃ、やれねえ」
「神さま、仏さま・・・。むすめを助けてくだせえ・・」
お父さんもお母さんも、ただ、ただ、おろおろ泣くだけだった。しかし、しずかは、きっぱりといった。
「お父さん、お母さん、そんなに悲しまないでください。大ナマズのさわぎをしずめることができるなら、しずかは大ナマズのところに、よめにまいります」
これを聞くと、お父さんもお母さんも、そして村のしゅうもみな泣いた。
しずかは、お母さんや親せきの者たちに、花よめ衣しょうを着せてもらっ
た。そうして、お父さん、お母さん、家族の者にお別れのあいさつをした。
名主どんが、花よめ行列の先頭にたった。しずかは、お母さんに手をとられて、夷隅川へとむかった。村の辻々(つじつじ)で
「あんなかわいいむすめさんが・・・大ナマズのおよめさんに・・・」
「ほんとうに、かわいそうに・・・」
と、泣きながら花よめ行列を見送った。
5
ちょうどその時、花よめ行列に、二人づれの旅人がすれちがった。ひげづらの大男と美しい若者だった。二人は、村人が悲しんでいるのをふしぎに思ってたずねた。
「めでたい花よめ行列ではないか。なぜ、そんなに悲しんでいるのだ」
「・・・いや、いや・・・」
「花よめ行列とは申しても、あの花よめさんは、あばれ者の大ナマズのところにとつぐのです」
「なに・・・」
「なんだと、ナマズのところへよめに・・・」
「ひとつ、わけを聞かせてもらえぬか」
「・・・・・」
「じつは、この夷隅川には・・・ 」
と、泣きながらわけを二人の旅人に話した。話を聞き終えると言った。
「ここはひとつ、われわれに、まかせてもらえぬか」
「いやいや、お武家さまでも、あの大ナマズにはかないません。それに、も
しものことがありましたら、今度は村のしゅうが大ナマズにこらしめられま
す。お武家さまたちのお心、うれしゅうございます」
「われわれを信じてくだされ。必ずや、大ナマズをたいじしてみせます」
ひげづらの大男が、近くにあった、おとな三人でやっとかかえるほどの石を
軽がるともち上げていった。
二人の熱心なもうしでと、大男の力におどろいて、この場を二人の旅人に
まかせることにした。美しい若者は、花よめのしずかにかわって、衣しょう
を身につけた。そうして、大男とともに行列にくわわって、夷隅川へとむか
った。
大ナマズは、光のあたる川ぶちで、のんびりといねむりをしていたが、花よめ行列が近づくと目をさました。
「花よめだ。おれの花よめのしずかさん・・・」
大ナマズは喜んだ。
ザブーン ザブーン
ザブーン ザブーン
・・・・
とびあがって、
水しぶきをあげた。
そのときだ。大男が「やあっ」とばかり、大鐘をなげつけた。
大鐘は、パックと大ナマズの頭をおさえた。
「たすけてくれー たすけてくれー・・・」
大ナマズは大声をあげて泣いたが、
ゴボゴボ ゴボゴボ ゴボゴボ・・・
ゴボゴボ ゴボゴボ ゴボゴボ・・・
大ナマズは鐘といっしょに夷隅川の川底深くしずんでいった。そうして二度とすがたを見せなかった。
それで、この川ぶちを「鐘ケ淵(かねがふち)」とよぶようになった。
しずかを助けた二人は、じつは京都から上総の清水寺に参けいにきた、牛若丸と弁慶であった。
この後、しずかは牛若丸のおよめさんになり、「静御前(しずかごぜん)」とよばれるようになったそうだ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)