岬町に『一藁(いちわら)(』という姓(かばね)がございまます。姓(かばね)の由来には、こんな話がいいつたえられています。
むかしむかし、今から八百年ほど昔のことです。伊豆の『石橋山(いしばしやま)の戦』に敗れた源頼朝(みなもとのよりとも)の軍が、この房州に逃げてきました。総勢何百人もいた軍勢は今は二十人たらずです。傷つき、血と泥によごれたあわれれな武士の一軍です。敗戦のつかれと逃亡のつかれで、足どりもゆっくりでした。
たんぼで働いている人々は
「戦に負けた落ち武者どもだ。」
「かかわりをもってはなんねえぞ」
「なにをされるか、わかんねえかなあー」
と、小さい声でささやきあっていました。
ちょうど、現在の江場土(えばど)にさしかかった時でした。一軍が一休みしようと、道ばたの草むらに腰をおろしました。ある者は足をなげだし、ある者は大の字にねころびました。わらじのヒモも切れていました。
この落ち武者(むしゃ)の一軍にかかわるのをきらって、だれ一人として近づきませんでしたが
「何もあなたがたの力になれませんが、せめて、これでわらじのひもでも作ってあげましょうか・・・」
と、若者が手に一たばの藁をもって近づいてきました。頼朝はこの親切な若者に感激していいました。
「本当にかたじけない」
「・・・」
「お礼に何かとらしたいが・・・」
「いやいや、おらあ、お礼などいらねえ。こまっている時は、おたがいさまだ。どちらのお方で・・・」
「かたじけない、かたじけない。今はこのような身だが、やがて天下を取ったあかつきには、おまえの欲しい物をとらせよう。なにか、欲しいもをいってみよ。」
「金がたまればドロボーがこわいし・・・畑に行けば、少しだが食べものはあるしなあ・・・」
若者は、しばらく考えました。
「そだなあ、おらあ姓(かばね)がほしいなあ」
と、いいました。頼朝は
「そうかそうか、姓(かばね)か。姓(かばね)ならたやすいことだ。今、しんぜよう」
「何という姓(かばね)がよいかのう・・・」
頼朝は、しばらく考えた後
「そうだ、この地で一たばの藁をいただいたので『一藁(いちわら)(いちわら)』がよかろう」
「この地で、この頼朝が藁一たばをおまえにいただいたことを、後々までつたえたいのじゃ。」
と、おっしゃられました。
「『いちわら』という姓(かばね)ですか。ありがとうございます。ありがとうございます。」
なんどもなんども、若者は頭をさげて礼をいいました。
こんなわけで、『一藁(いちわら)』という苗字がつけられました。今も、岬町には一藁(いちわら)という姓(かばね)が残っています。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)