むかしむかし、大原の八幡岬(はちまんみさき)にお城のあったころの話だ。
その日は朝から晴れて、朝市(あさいち)は大にぎわいだった。
「安いよー。安いよー」
「かあちゃん、ちょいと見ていってよ。新鮮(しんせん)だよー」
「・・・・・・」
威勢(いせい)のいい、声が、あちこちの店から聞こえていた。
元気のいい店の中でも、ひときわ大きな声で客を呼ぶ店があった。声もでかいが体もでかい。これなら、大きな声も出るはずだ。
「姉ちゃん、きれいだね。今朝とったばかりの魚と同じようにピチピチしているねえ」
「そこ行く若い姉ちゃん。年の頃(ころ)なら十七、八。今朝あがった魚のように食べ頃(ごろ)だねえ。一匹買(か)って行かない。安くしておくよ」
籠(かご)を背負(せお)って通るおばあちゃんに愛想(あいそう)良く声をかける。おばあちゃんはすっかり気をよくして
「兄ちゃん、うまいこと言って。ほめたって買(か)わないからね」
と言いながらも足を止める。おかげで、この魚屋の前はいつも大にぎわい。
「ええ、このカツオ五本買(か)ったら、一本おまけだ」
「ええ、ほんとかい」
「そうよ。今日は大安(たいあん)。日がいいじゃないか。五本で一本おまけだ」
でも、初ガツオ。安いといっても高価(こうか)だ。なかなか手がでない。
すると、客の一番前で見ていた十歳ばかりの男の子が
「おじちゃん、このエビも五匹かったら一匹おまけしてくれるかい」
と、聞いた。
「見かけないあんちゃんだね。どこから来たんだ」
「うん。江戸から」
「はるばる江戸から来たんか。特別だ、もうけなしだがまけてやろう」
魚屋の男は威勢(いせい)よく言った。
子どもは右手にエビを持ち、左手にカツオを持った。
「おじちゃん、むこうで母ちゃんが待っているんだ。急ぐから、きょうはまけてもらったぶんだけ持って帰るよ」
と、その場を去ろうとした。
「ぼうや、それはねえだろう」
と言った。すると
「おじちゃん、おまけしたもんだから、おじちゃん損(そん)はねえだろう」
と言う。
「そうか、まけたもんだ。損(そん)はねえか。お買(か)いあげありがとうございました。
またのお越(こ)しをお待ちしています」
と大声で言った。
子どもは左手の大きなカツオを引きずるようにし、右手のエビを大事にかかえて魚屋の前を去って行った。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)