1
ピーヒャラ ピーヒャラ ピーヒャラ ピ
天神様(てんじんさま)のお祭りだ。
「今年は豊作だ」
「これも天神様(てんじんさま)のおかげだ」
村人たちの顔から、みな笑みがこぼれていた。
天神様(てんじんさま)の境内(けいだい)は店が立ちならび、笛や太鼓がいせいよくひびいていた。そんな店の中でひときわにぎわっている店がある。近づいてみると
「さあー、いらしゃい、いらっしゃい。
ご用とお急ぎでない方は寄ってらっしゃい 見てらっしゃい。
河童(かっぱ)の芸だよー
夷隅(いすみ)川の河童(かっぱ)だよー。・・・・」
「河童(かっぱ)の芸が始まった。こどもを川にひっぱりこむ河童(かっぱ)ってどんな姿をしているんだ・・・」
「河童(かっぱ)が芸をするって、いったい、どんな芸をするんだ」
めずらしさにひかれておおぜいの客が群(むら)がって来た。
大きな箱が運ばれてきた。客の視線(しせん)は箱にそそがれた。しわがれた声の背の高い男が
「さあーさ とくと ごらんくだされ」
「この箱に何が入っているかというと・・・」
「・・・・・・」
しばらく間をおいて、箱のふたを開けた。
「わあー」
という声がした。出てきたのは、やせ細ったあわれな河童(かっぱ)だった。頭のさらは乾(かわ)き、みどりのひふは白くガサガサしていた。大男が棒(ぼう)をふりあげ、いきおいよくおろすと、河童(かっぱ)は棒(ぼう)にあわせて頭をさげた。そして、棒(ぼう)を上下にふるとやはり棒(ぼう)にあわせて、ピョンピョンとはねまわった。
「すげー」
という声が観客(かんきゃく)の中から上がり、拍手(はくしゅ)がわきあがった。今度は大男が棒(ぼう)をクルッとまわした。するといきおいよくとびあがり宙(ちゅう)を回転した。男は何度も回した。河童(かっぱ)もクルクルクルクル・・・何度もまわった。河童(かっぱ)は息をヒイーヒイーさせた。それでも大男は棒(ぼう)を振(ふ)り続けた。大男が棒(ぼう)をふったが河童(かっぱ)は一瞬(いっしゅん)とまった。すかさず、棒(ぼう)は河童(かっぱ)の頭をとらえていた。
「キキー」
河童(かっぱ)がないた。河童(かっぱ)はまたとびはね、芸をした。
やがて芸が終わると、拍手(はくしゅ)が続いた。
一方、
「あんなにしなくてもいいのに」
「かわいそうに」
という声が見物人の中から聞こえてきた。
「河童(かっぱ)は水の神様ではねえか」
「そうだ神様だ」
「六所神社の境内(けいだい)には河童(かっぱ)がまつられているでねーか」
「六所神社の神主さんにお願いにゆくべえ」
「そうすべー。あれではかわいそうだ」
神主に
「まつり小屋の河童(かっぱ)を助けてやってくだせえ」
と相談に行った。神主も
「河童(かっぱ)を見せ物にするなんて、とんでもねえやつだ」
とさっそく見せ物小屋に行った。
2
「河童(かっぱ)に芸をさせているというが、かわいそうではありませんか」
神主が見せ物小屋の親分に言うと
「なにをおっしゃいます。あの河童(かっぱ)はどんなことをされてもいいんです」
「なぜです。昔から河童(かっぱ)は神様と言われています。私の六所神社でも河童(かっぱ)を神のつかいとして大事に祭っているというのに」
「河童(かっぱ)もいろんな河童(かっぱ)がおりますだ・・・。あの河童(かっぱ)の親子は、百姓が馬を引いて橋をわたっていると馬を引きずりこんだり・・・」
「・・・それだけじゃねえ。漁師が魚をとるために夷隅(いすみ)川にかけた網を、みんな破ってしまう悪い河童(かっぱ)なんだ。・・・こんな悪い河童(かっぱ)をみせしめにして何が悪い。ああやって、人間様が喜んでいるのだからいいではないか」
親分は、悪びれたようすもなく話した。
「いくら悪いことをしたとはいえ、相手は河童(かっぱ)じゃないか。かわいそうとは思わないか」
「ああ、かわいそうなもんか。人間様にいたずらする動物なんて、本来ならその場でたたき殺されるのが当然だ。それを、このように命を助けてもらっただけでもありがたく思わなくては・・・」
「・・・そこを、なんとか」
「だめだな」
親方はきっぱりと言った。
「・・・じゃあ、河童(かっぱ)を売ってくれ」
「ああ、金をはらってくれるなら。あんたに河童(かっぱ)をやるよ」
結局、神主は大金をはらって河童(かっぱ)を買(か)った。
3
河童(かっぱ)をひきとると、六所神社の裏を流れる「後っ川」につれてきた。
「いいか。これからは悪いことしてはならないぞ。人にきらわれることをせず、人のためになることをしなさいよ」
と、言い聞かせた。河童(かっぱ)も
「わかりました。もう、二度と悪いことはいたしません。ほんとうにありがとうございました。このご恩(おん)は一生わすれません」
と、涙を流しながら言って、川に入っていった。
4
ある年のことだった。その年の夏はあつくてあつくて、おまけに雨の日が少なかった。あちこちの村で田んぼの水がかれ、稲がかれた。ところが不思議なことに、ここ江場土(えばど)村だけは、稲の水がかれることがなく、稲の穂がスクスク育った。
「いったい、どうしたことだ。朝になると水がまんまんとしているではないか」
みな不思議に思った。不思議に思った村の衆は、ある夜、田んぼを見張った。すると、月が真上に来た頃(ころ)、
エイホッ エイホッ
というかけ声が川のほうから聞こえてきた。村の衆はいったいこんな時間にだれだろうと、木の陰に身をかくして見守った。すると、河童(かっぱ)の親子がてんびんぼうでおけをかついでやってくるではないか。そして、田んぼまでくるとおけをおろした。おけには水がいっぱい入っていた。おけの水を田んぼにまくと、また川に行って水をくんできて、田んぼにまいた。河童(かっぱ)の親子が、なん度もなん度もくりかえし、水を運んだ。
「これだ。江場土(えばど)村だけ田んぼの水がかれないのは、河童(かっぱ)のおかげだ」村の衆はなっとくした。そうして、河童(かっぱ)に見つからないように帰ってきた。
その後、村の衆はこの川淵に河童(かっぱ)の大好きなキュウリやぼた餅(もち)をおいてやった。そうして「河童(かっぱ)どん、ありがとうございます」
と、手をあわせた。
それで、日照りの年も稲が実った。
5
それから三年後の秋のことだった。ここ房州(ぼうしゅう)一帯(いったい)が台風にみまわれた。夕方から降ってきた雨が翌日の昼頃(ころ)には風をまじえてふりはじめ、バケツをひっくりかえしたようにふってきた。川は増水し、夷隅(いすみ)川にかかる橋も流されてしまった。自然の力はどうすることもできない。みな、ただただ止むのを待った。
その日の夜だった。嘉介(かすけ)の家で嫁(よめ)さんが産気(さんけ)づいた。川向こうの産婆さんの所に嫁(よめ)さんをつれて行こうとしたが、橋が流されてしまっている。そこで舟で行こうと思ったが流れが速くて舟も出せない。
「もうすぐ生まれる」
「このままだと、嫁さんもお腹の赤ちゃんも死んでしまう」
「こまったもんだ。どうしよう」
荒れくるう川でこまっていると、河童(かっぱ)の親子が淵から顔を出し
「おらがおんぶして、川向こうまで送ってやるべえ」
と、言った。
「そうか。でも、この荒れようではわたれないだろう」
「なに言うだ。川はおいら河童(かっぱ)のすみかだ。こんな流れ、河童(かっぱ)にはなんともないさ」
と、言って嫁さんを親河童(かっぱ)の背にのせ、子の河童(かっぱ)が後ろからささえて泳ぎだした。
「たのむ無事(ぶじ)泳ぎ切ってくれ」
みんな祈りながら見送った。川の真ん中あたりまで行った時だ、激(はげ)しい流れに河童(かっぱ)は下流に流された。親河童(かっぱ)はけんめいに泳いだ。流されまいとけんめいに泳いだ。しかし、大きな波がくると親河童(かっぱ)の顔は水に沈み、子河童(かっぱ)は親河童(かっぱ)から大きく流された。岸で見守る村の衆はそのたびに
「がんばれー」
「河童(かっぱ)どん、もう少しだ。がんばれ、がんばれー」
と、声援をおくった。岸はもう間近だ。河童(かっぱ)は必死の形相(ぎょうそう)で泳いだ。
さすが河童(かっぱ)。嫁(よめ)さんを背負(せお)った河童(かっぱ)親子は向こう岸に着いた。そうして嫁(よめ)さんを岸におろした。親子の河童(かっぱ)も嫁(よめ)さんにつづいて岸に上がろうとした。親子河童(かっぱ)が岸の岩に足をかけたその時だった、足がツルンとすべった。そのまま荒れた川に親河童(かっぱ)も子河童(かっぱ)も流されて行った。
「河童(かっぱ)どん、河童(かっぱ)どん」
見守る村の衆がさけんだが、どんどん流されみえなくなった。その後、親子河童(かっぱ)は二度と姿を見せなくなった。村の衆は
「河童(かっぱ)どんはつかれてしまったんだろう」
「力をぜんぶ使いはたしてしまったんだろう」
「いくら河童(かっぱ)でもあの流れでは助からないだろう」
と、うわさした。
産気づいた嫁(よめ)さんは、産婆(さんば)さんの所で無事じょうぶな男の子を産んだという。河童(かっぱ)親子がすべった所は「つるりん」とよばれているという。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)