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欲ばり者の話

欲ばり者の話

五合徳利に一升酒

いすみ市の昔ばなし

1
むかし、むかしのことだ。
大原に何代もつづいている酒屋があった。
冬の寒い夜のことであった。(今夜は寒いし、お客もない。早めに店をしめよう)と思ったときだ。
「こんばんは、お酒くださいな」
このあたりではあまり見なれない女がやってきた。色白で、髪の長い小がらな女だった。 女は袖でかくしていた五合徳利を、
「お酒を一升くださいな」
と、はずかしそうにさしだした。主人は
「おねえさん、これには一升は入ねえ。これは五合徳利だ」
と言うと、女は
「いや、一升入りますから。一升計ってください」
と、小さな声で言った。
主人は、(へんな女だな。とにかく、徳利に入るだけ入れてやろう)
と、思いながら一升枡に酒を口切りいっぱい入れて五合徳利にそそいだ。すると不思議なことに、一升枡の酒が一滴もこぼれずに五合徳利に入ってしまった。主人があっけにとられていると
「お代は、おいくらに」
「へい。十紋いただきます」
「ありがとうございます」
「へい、ありがとさんでした」
と徳利を手渡した。女は袖にかくして店を出て行った。

2
次の夜も店を閉めようとしたときだった。昨夜の女がやってきた。また、五合徳利を持ってきて一升の酒を入れてくれと言う。主人は
(一升入れなくても、五合徳利だから九合しか入れなくても、わかんねえぺえ)と思い、一升入れるふりをして九合しか入れなかった。
次の夜も、やってきた。今夜は五合徳利に八合しか入れなかった。そして、次の夜は七合と・・・・。一升の酒代をもらっているのにごまかした。それでも、女は何も言わずに買って毎晩酒を帰った。それでも、女は毎晩酒を買いに来る。

3
不思議に思った主人はある日、この女のあとをついて行った。大通りから細道に入り、やがて田んぼもあぜ道を過ぎると、さびしい野原に出て沼に出た。沼に出たかと思うと女の姿が消えた。主人は、キョロキョロ見回した。しかし、女の姿が見えない。
その時だ。沼の水が波立ったかと思うと、真っ赤に目を光らせた大蛇が、舌をペロペロさせて主人をにらみつけた。主人は背中がゾクゾクし、無我夢中でかけだした。どこをどうかけて来たか覚えていない。家に着いたときは、着物はやぶけ、体のあちこちは傷だらけだった。
そうして、主人は高熱にうなされ寝こんでしまった。医者に看てもらっても
「疲れで、熱がでたのでしょう。この薬をのんでようすをみてください」
といわれるだけだった。熱はいっこうに下がらず、やがて亡くなったという。そうして、主人が亡くなると、酒屋もつぶれてしまったと。
みんな商いをごまかしたからだろう、と噂した。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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