1
むかしむかし。
その年の冬は寒が特別きびしい年でした。千町村の庄屋がかぜをひいて寝こみました。村の人たちは、
「庄屋さんがかぜをひかれたそうだ。見舞いに行かなければならないだろう」
「何を持って行こう」
「ダイダイはかぜにいいというから、わしの所はダイダイを」
「わしの所は、餅をついて餅でも・・・」
「わしの所は、鶏の卵でも・・・」
と、いろいろな見舞い品を持って行きました。
「明日は大安、見舞いには、日がいいい」
その日のうちに、村中の者が見舞いをすませました。
2
ところが、どうしたわけか、太郎だけは、なかなか見舞いに行きません。やっと二日後、太郎はのそりのそりと、庄屋の家に手ぶらで出かけて行きました。おそく来た太郎を見て庄屋は言いました。
「太郎や、太郎。みんな早く来てくれたのに。おまえは、こんなにおそく・・・、どうしたこった」
庄屋はおもしろくない顔をして、太郎に言いました。
「は、、庄屋さんがかぜと聞きましたので、心配になりまして、お医者様をよびに行きました。こん村のお医者だけでは、心配なもんで」
と、太郎は答えました。これを聞くと庄屋はすっかり機嫌をなおして、太郎にお礼を言いました。
「そうか、そうか。おまえはなかなか気がきくな。ありがたやありがたや」
「いや、いや。そんな」
太郎は伏し目がちにこたえました。
3
それから、何日かたちましたが、庄屋のかぜはいっこうによくなりません。むしろ、どんどん悪くなってきました。
村の人たちは、
「庄屋さまのようすがよくないらしい」
「なんだか、重態らしいぞ」
「ずっと床に伏したままらしくあぶないらしい」
「もう一度、見舞いに行かなければなるまい」
また、庄屋の家に見舞いに行きました。
けれども、今度もまた、太郎は一番最後にのそりのそり出かけて行きました。庄屋は太郎の顔を見ると、
ハアー ハアー
苦しそうに息をしながら
「これ、これ、太郎。また、町のお医者さんをよびに行ってくれたのかね」
と、言いました。
すると、太郎はまじめくさった顔をして
「へい。あまり重病と聞いていますので、今度ばかりは、庄屋さんも助かるまいと思いまして・・・。そっで、お寺に行って和尚さんをたのみ、それから棺桶屋によって、注文をしてきました。・・・それでおそくなりましたものでございます」
と、言いました。
庄屋は、目を白黒させ、頭からふとんをかぶって寝入ってしまいました。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)