• 楽しい話
  • あたたかい話
  • 悲しい話
  • 怠け者の話
  • 欲ばり者の話
  • 呆れた話
  • 怖い話
  • キツネやムジナの話
  • お化けの話
  • 神様・仏様の話
  • 不思議な話
  • 災いの話
  • 地名の話
  • 戦(いくさ)の話
  • 房総の偉人
  • 房総の史実

あたたかい話

あたたかい話

魚地の姓(うおち の せい)

いすみ市の昔ばなし

1
むかしむかし、岬町(みさきまち)中滝(なかたき)に、お城のあったころの話だ。
今年も実りの秋がやってきた。田んぼには、黄金色に輝く稲穂が波うっている。畑には背の高いトウモロコシが、いっぱい実をつけて
「重い重い。はやくもいでくれ」
と、うったえている。大豆も小豆も
「いっぱい実をつけた。もう重くて重くて」
と、さけんでいる。土の中のサツマイモも
「からだが大きくなりすぎた。きゅうくつでしかたない。はやくほり出してくれ、はやくはやく・・・」
と、さわいでいる。
収穫の秋は野原も山もおおさわぎ。栗の木は
「大きな実が重くて、もうがまんできない」
と、実の入ったイガをボトボトボトボト落とした。こんな実りの秋を村の衆はよろこんでいた。
この収穫の秋を、中滝の殿様にもよろこんでもらおうと、収穫物を殿様にご進物するのがならわしだった。
「これは、わたしの家でとれたサツマイモです。今年はいつもの年よりあまくできまして・・・」
「これはトウモロコシで、虫食いもありますが。つぶは大きくてそろっています」 ・・・
みんな、自分の家でとれた秋の味覚を殿様に味わっていただいた。

2
ある年の秋だった。その年は天候不順で、米もトウモロコシも大豆も小豆も不作だった。たのみのサツマイモも、ほそくて大きくならなかった。
「今年はこまったもんだ」
「こんな不作はめずらしい。天気がわるかったからな」
「年貢の作物も出せるかどうか心配だ」
・・・・・・
みんな不作をなげいた。
「収穫物をお殿様にご進物したいが・・・。今年はだめだな・・・」
「今年の天候不順、殿様も知っていらっしゃるべ・・・」
「しょうがねえっぺ。こんな年もあんべえ」
・・・・・・
殿様へのご進物をなかばあきらめていた。
ところが、働き者の平助は
「なに言うだ。こんな不作の年こそ、殿様はこまっていらっしゃるのだ。こんな年こそ、ご進物をしなければなんねえべえ」
「そんなこと言っても・・・。贈る物がねえべえ」
「平助の気持ちはわかるが、なにを贈る」
「・・・・」
平助はへんじにこまった。
「でもよ、なにかあんべえ。イモでも豆でも・・・なにか」
平助はなんとしてでも殿様に贈り物をしたかった。しかし、
「あんなほそいイモ贈るのか、失礼だべえ。豆だってつぶは小さいし、虫喰いはいっぱいあるし、とても贈るようなしろもんじゃねえぞ・・・」
「へんな物、贈るんだったら、贈らないほうがいいぞ。失礼だよ」
と、平助は村の衆から、あきらめるように説得された。
「・・・やっぱりだめか。・・・今年はあきらめるか」
平助も殿様へのご進物をあきらめかけていた。

3
秋も終わろうとしていた。木のてっぺんに赤い実を三・四こ残した柿の木が夕焼けにそまって、柿の実をいっそう赤くしていた。一日の野良仕事を終えた平助が家に帰ろうとしていたとき、川のほうから子どもたちのはずんだ声が聞こえてきた。
「わあ、つれた、つれた。鯉がつれたぞ」
「大きいぞ、大きいぞ」
・・・・・・
その時だ。平助の頭にひらめいた。
「そうだ。殿様への贈りもの、鯉にしよう。なにも作物でなくたっていいんだ・・・」
平助はポンと手を打って家に急いだ。家に着くとすぐにつりの用意をして明日に備えた。
朝早く起きると野良仕事に行かないで、川に鯉つりに行った。
おもしろいようにつれた。たちまち、腰のびくはいっぱいになった。釣れた、釣れたいっぱい釣れた。
平助は、釣った鯉をそのまま、お城に持っていった。
「お殿様、今年は、作物のできが悪くて・・・」
「ああ、今年は天気が不順で、実りが悪かったみたいだのおー」
「は、はい。すいません」
「すまないことなんてないよ。百姓衆が悪いんじゃない。作物は自然のわざだ、神様からのさずかりものだ。こんな年だってあるさ」
「は、はい。すいません」
「平助があやまることじゃない、と言っているではないか。すいませんは、よせ」
「は、はい。すいません」
「すいませんじゃない、と言ってるのに・・・・。はははは・・・」
「はい。すいません。作物はないが、これ、おいらの気持ちです」
平助は魚を差し出した。
「おお、これは立派な鯉。おいしそうじゃ」
「どうか、めしあがってくだされ」
「ありがとうよ。平助、おまえは心がやさしいのう」
「は、はい・・・。・・・いいえ、とんでもありません」
「わしも、やさしい平助になにかとらしたいが・・・。何なりともうしてみい」
「いや、そんな。なにもいりませんだ」
「金がいいかのう、それとも美しい着物がいいかのう」
「お金も着物もいりません」
「平助には、お喜びなさるお殿様の笑顔が一番のごほうびです」
「なんと欲のない人間だ」
・・・・殿様はしばしこまった顔をされたが、
「そうじゃ、おまえに姓をあたえよう」
「百姓の平助に姓なんてもったいねえです」
「そうじゃ、それがいい。それがいい」
殿様はニコニコしながら話をつづけられた。
「きょう、このように魚をたくさん持ってきてくれたので、魚地という姓がよかろう」
「・・・はははあー。魚地ですか」
「そうじゃ。魚地だ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
平助はなんどもなんども頭を低くさげて礼をのべた。
岬町には、今も魚地という姓がたくさん残っている。先祖をたどっていけば、この心やさしい平助にゆきあたります。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

タグ : 

つか坊と姉ちゃん