稲作で最も恐れた災害に、旱害、虫害、病害、暴風雨の襲来があった。いずれも、人力では防ぎ切れるものではなく、どれが発生しても凶作となった。害虫には、稲の茎の中に入りこむ螟虫やウンカがあり、また、稲穂にたかる蝗も恐れられた。病害で最も恐れられたのは稲熱病(いもちびょう)で、七月中旬頃に気温の異常に低い日や曇天や雨が続くと窒素の効き過ぎた田や冷水の入るような所から先ず発生してくる。当時はこれを治す農薬も予防薬もなく、ただ茫然と眺めているよりほかになかった。こんな状態が起こることを恐れ、苦しいときの神仏頼みとなり、隣地区との共同で虫送りの行事が行われた。浄円寺、上行寺、徳善寺の住職の協力を得て、虫送りの祈祷を行った。それには、まず、田んぼの中程に簡単な祭壇を設け、真竹に呪文やお経を書いた短冊を吊るし、全農家の人が集まり、熱心にお題目をあげた。
この祈祷が終ると、住職を先頭にこの竹を担いで、砂田橋まで太鼓を叩きお経をあげながら、長い行列を作って行った。そして、再び読経の流れる中をお供え物や竹等一切の物を川中に投じ、害虫等はこれに乗って流れ去るものと信じて疑わず、今年も豊年間違いなしと、前祝の宴会が寺のお堂で行われた。
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